どたどた、と激しい音を立て、物凄い勢いで走るのは。若干、彼女からは"焦り"が窺えた。彼女が向かうのは、黒の教団の室長である――
「コムイ!」
「ちゃん?どうかしたのかい?」
「神田を罠決定な任務に行かせるって本当!?」
「・・・・ああ」
真面目な顔で、の問いに答えたコムイ。その言葉には目を見開くと、ち、と舌打ちをし、彼女が開いてそのままだった扉から廊下へ出ると、その扉を閉めることなくそのまま真っ直ぐ走り出す。その後姿を見ながら、コムイは溜息を吐いた。
――の心は、どうしようもない怒りと悲しみが渦巻き、混ざり合い、黒い何かが満たしていた。何故、神田は罠に向かうのだ、と、焦りともいえる感情が浮かぶ。ふと、周りを見た。自分が居る場所が何処か分からない。後先考えず駆け出したのが、失敗だった。いくつか階段を駆け下りたから、ここは下のほうの階だろう。
前方に、見覚えのあるポニーテールが映った。
「っなんで、自ら罠に行くんだよっ」
「・・か。どけ。邪魔だ」
「どかない!・・・死ぬかも、しれないのに!」
「罠だろうが何だろうが、誰かが行かなきゃならねえだろうが」
吐き捨てるようにして言った神田。「誰かが行かないといけない」。その言葉が、貼るかを押し黙らせる。っ、と悔しそうに唇を噛み締めるを一瞥し、神田は再び歩みを始める。何でもないように通り過ぎようとした彼の腕を、が掴んだ。何だ、と、神田が振り返る。
自身、何故その腕を掴んだのかよく分からなかった。嫌な予感が、とか、ドラマみたいなものではなくて、ただ、怖かった。もしもこれで、彼が死んでしまったら?そう考えると、柄にもなく恐怖してしまう。
身長差はほとんど無い筈なのに、今は彼がとても大きく見える。遠くに感じた。
「・・・戦争だから仕方ない、とか、そんなんじゃ納得できない・・・」
「意味分かんねえよ」
「っもし、あんたが死んだ時、あたしは"戦争だから"じゃ納得できないって言ってんの!」
「・・なんで、ただ一人に必死になる?探索部隊なんて、エクソシストの何倍も死んでんだぜ?」
エクソシストの何倍も、死んでる。それは、と。の頭に、"戦争だから"という言葉が浮かび出た。それじゃあ納得できない、と言ったばかりなのに、その言葉は、探索部隊の事となるとあっさり馴染みこんだ。それは、エクソシストの方がずっと貴重で希少だから、なのだろうか。
つまり、死の重さが違う?
いや、命に価値をつけるのは間違っている。・・・でも、エクソシスト一人とただの人間一人では、教団はきっとエクソシストを優先するだろう。自分も、そう思っている?いや、仲間に死んでほしくない、だけの筈だ。 ・・・だんだんと訳が分からなくなってきた。ただ言えるのは、自分は、神田が死んでほしくないと思っている、ということ。
が考え込んでいると、神田の鋭い声がかかった。
「エクソシストが一人減るのが惜しいのか?戦争に不利になる、と?」
「分かんないよ・・」
「戦争が不利になって、自分が死ぬのが怖い?はっ!とんだ腰抜けだな」
「違う!そんなんじゃ・・・・ただ、あたしは、神田に、死んでほしくないだけで・・・あんたは、大切な人だから」
ぐ、と、神田の腕を掴んでいる手に力がこもる。黙って神田の目を見つめる。神田は、のその言葉に目を見開いくと、重なる視線を逸らした。彼の腕を掴んでいた、の手を乱暴に振りほどくと、先程より速い足取りで去って行く。
俯いたの耳に、短い言葉が届いた。
「・・・帰ったら、鍛練に付き合え」
それは、任務に向かう前、彼と彼女が交わす共通のあいさつ。二人にしか理解できない、日本語。任務に向かう方に対し、送り出す側は、こう返すのだ。
「・・・・・ボコボコにしてやるよ」
このあいさつの決まりは、両方が、笑うこと。この二人の笑顔なのだから、さわやかとは無縁の、挑発的なものだが。
搾り出すように、必死に言ったに、神田は、ふん、と鼻で笑う。顔だけ、の方へ振り返ると、口を開いた。
「笑い方がなっていない」
( それどころか、頬が濡れているじゃないか )
(091227)