西洋の拷問器具で、アイアンメイデン。またの名を鉄の処女というものがある。
鉄製の棺のようなものの内側に、幾本もの鋭く尖った針が装着されていて、その棺の中に人を入れて棺を閉じると、中にいる人が串刺しになる、というものである。鉄製で丈夫なため、外に声が漏れない仕様になっている。
頭の部分だけが、串刺しにならない。首から下だけが棺の中に入り、首から上は出ていて、頭の部分は鎧の頭の部分、のようなものをかぶる。
非常に大きなものなので、持ち運びは基本的にはできないが、その分たいていの人間は中に入れる。
もはや拷問器具というよりは、殺戮器具、とでもいうべきものだろうか。


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ヴァチカン直属、黒の教団にてエクソシストを務めるもので、アイアンメイデンと呼ばれている女がいる。まだ、女といえるほど成熟してはいないのだが、あまり顔を見ることがないので少女ともいえないようだ。声もあまり聞くことがないが、話し方が独特である。
本名、。教団でも知っているものは少なく、知っていても本名で呼ばないものの方が多い。
のイノセンスは、呼び名の通りアイアンメイデンである。装備型で、普段はアイアンメイデンの顔の部分を仮面にしてかぶっていて、敵にその仮面をかぶせることによって動きを封じ、そしてアイアンメイデンに閉じ込めて破壊する。手間がかかるが、破壊力は教団でも随一である。
は、生まれて間もなく教団に保護され、エクソシストとして育てられた。そのため、早いうちから任務に参加し、幾百ものAKUMAを破壊しているうちに、いつからかアイアンメイデンと呼ばれるようになった。


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「それで、AKUMAがすごい多いらしいんだ。途中で神田君と合流して行ってくれる?」

黒の教団、室長室。
エクソシストやサポーター諸々すべてを統括する、黒の教団トップ、コムイ・リー。
そしてその対面のソファに座っているのは、エクソシスト、
はコムイの言葉に頷くと、仮面越しにくぐもった声でコムイに一つだけ質問をした。
『神田殿の調子はいかがでありんす?』
「問題ないよ。怪我も何もない」
コムイの言葉を聞くと、はすぐに立ち上がって、そばに置いてあった団服のコートをとりあげてはおった。
『それじゃあ、行ってくるでありんす』
「うん。いってらっしゃい」
コムイは微笑んでを見送った。


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「…よぅ」
『怪我はないときいてやし。本当で?』
「ああ。お前は?」
『問題ないでありんす』
挨拶もそこそこに、二人は駅から出た。駅といえどそこは無人で、そこに限らず、その辺り一帯には人の気配がなかった。
閑散とした村の中を二人で黙々と歩く。AKUMAの討伐のため、ファインダーは来ていない。
と、神田がピタリと足を止めた。一瞬遅れて、がそれに合わせるように足を止め、警戒を強める。二人は素早くあたりを見回す。
「……いるな」
『本当ですか。……神田殿、前線は任せたでありんす』
の言葉を皮切りに、民家から、草むらから、地面から、次々とAKUMAが現れた。

「六幻・抜刀!」
『アイアンメイデン…壊れやし!』

二人はイノセンスを発動し、AKUMAをなぎ倒していく。主に神田が破壊しているようにみえるが、も多数のAKUMAの中で軽やかに立ち回り、次々と仮面をかぶせては確実に破壊していた。大道芸のように、雑技のように、AKUMAの攻撃をするりと避けて、次の瞬間にはAKUMAの後ろに立っている。
思ったほどの数ではなく、圧倒的な強さの前に、AKUMAは短時間ですべて破壊された。
『あっけなし。わっちは手ごたえがなくて少々物足りないでありんす。神田殿、帰ったら鍛錬につきたあっておくんなまし』
が顔を一撫ぜして仮面をかぶった。神田も六幻を納刀した。
「めんどくせぇ。勝手にやっとけ」
『おや冷たい。どうかなさったので?』
「別に」
と、突然。

どん、

という音が聞こえて、
の胸を、
細長く尖った何かが、
突き刺していた。

「! おいっ、」
神田が目を見開いてに駆け寄る。は一瞬ふらりとなると、その場でがくんと膝を折った。
「おい、、」
神田がに呼びかけて、の肩に手をかけた。
と、

『……嘘でありんす。うそ、ジョーク、冗談でありんす』

「……は?」
が、胸に刺さった物に触れると、それは一瞬で風化してぼろぼろと崩れた。よく見ると、血も付いていない。
神田が間の抜けた面をしてを見ていると、が顔をあげた。
『神田殿、間抜けな面でありんす』
神田は、一拍置くと、問答無用での仮面に拳をたたきつけた。


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あの任務の後、の仮面は見事に粉々に砕け、コムイのお世話となった。1週間はかかるとのことで、その間は仮面なしでの生活となった。仮面がないと誰だか気付いてくれないものが多かった。ちなみに自身はというと、奇跡的に鼻血だけで済んだ。
「神田殿!」
「? ……誰だお前」
鍛錬所で神田を見かけたが声をかけると、神田は眉をひそめてそう言った。はその場にずっこけると、ずかずかと神田に歩み寄って、自分の顔を指差した。
「わっちでありんす。でありんす!」
「ああ……」
がそう言うと、神田は納得したように頷いた。
「で?」
「別に…お礼参りとかでないやし。神田殿に勝てるわけないでありんす」
「? …ああ」
どうやら神田は、先日の任務でのイノセンスを破壊したことを忘れていたらしい。はそんな神田の態度に怒るでもなく、呆れるでもなく、ちょっと悲しそうに神田に訊ねた。
「わっちは人と付き合うのが苦手でありんす…あれでよかったでありんすか?」
眉尻を下げて上目遣いに訊いてくる。の顔はよく見るとひとつひとつのパーツが小さく、可愛らしい。日の光に当たらないためか、肌も白い。二つの暗緑色の瞳にじっ、と見つめられ、神田は思わず視線をそらした。
「あれは駄目だろ…冗談キツイぜ」
「そうでやしか……難しいでありんす、ずっと一人だと」
がしょんぼりと項垂れた。神田は、をそのままにして食堂へ向かった。の側を通り過ぎるとき、小さく囁いた。だが、には聞き取れず、が顔をあげて食堂へ向かう神田を追いながら何度も追及したが、神田は頑として口を割らなかった。


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隣にいるから忘れるな

(冗談でも死ぬな。お前は一人じゃない。お前を思ってるやつはお前が思う以上に多いんだよ)(なんて恥ずかしい台詞、二回も言えるか!)