「寒ぃ」
『うるせぇ』


雪が降り続く町で体感温度に文句を言えば返ってきたのは無線越しのにべもない言葉。


「もう少し愛想よくできないもんかね」
『チッ…さっさと終わらせるぞ』
「…本当、にべもねぇな」


今日の任務は神田と共にこの雪降る町でイノセンスの回収。この町の奇怪な出来事は町の様々な場所で起きてるらしく、その場所全てを回るために神田は東側から、俺は西側からこの町に入った。


「終わったら町の中心の時計塔の下で」
『ああ』


神田との任務は気が楽だ。
気を張る必要がない。

早く終わらせて教団に帰ろう。久々に神田と剣術稽古でもやろうか、後で頼んでみよう。
さっさと目の前の面倒事を終えなきゃな。
そう考えつつ俺は問題の場所へと足を進めた。




──────1時間後




『神田ぁ』
「…何だよ」
『何かあったぁ?』
「あったら報告してる」
『ですよねぇぇ』


だらけきった声にやる気が削がれる。
無線越しだと完全に男声のこいつ、は飽きからか、既にやる気など微塵もない。


『早く帰りてえー。温かい飯にー、温かい風呂ー、温かい布団ー。(…嘘の報告書書いて提出するか)』
「さぼんな」


ガキか、こいつは。
気まぐれで女の癖に普通の女らしくない。格好も、性格も。
だが、


『なあ、神田ぁ』
「…」
『無視すんじゃねえ、パッツン』
「…あぁ?」
『帰ったら剣術稽古してくんね?』
「…」
『…神田ぁ?』
「…」
『駄目なら別に構わ、』
「いいぜ。………この任務でてめぇが死ななかったらな」
『…はっ、上等』


こいつはこいつなりの女らしさがあって、………俺はそれが気に入っている。


『ところで神田』
「何だよ」
『………何かあったぁ?』
「ねぇな」
『…面倒臭くて死ねるわぁぁ』


…だからそのだらけきった声をやめろ。




─────再び1時間後




「よお」
「…何もなかったのか」
「……あると思う?」
「…」


時計塔に辿り着くと神田はベンチに座っていた。
双方収穫は無し。
宛が外れたとため息をつけば、神田はよくあることだと返す。まあ、そうなんだが。
ふと空を見上げる。
雪が綺麗だ。


「AKUMAもイノセンスも無しかぁ…」
「死なずに済んだじゃねえか」
「AKUMAかイノセンスは俺の死ぬ前提かよ」


と顔を顰めれば鼻で笑われた。わあ、うざい。
その程度の前提で死んでたまるか。


「…死ぬ前提といえば」
「あ?」
「好きな人がいるんだ」
「…は?」
「この任務が終わったら告白するんだ」
「…」
「……とか言ってる奴に限って死ぬんだよね」
「は?」


おお、神田の間抜け面。レアだ。
というか兄さんフード被れよ、頭に雪が積もってるぞ。
神田に近づき頭の上の雪を払ってやりながら話を続ける。


「小説とか漫画とかで」
「…」
「大抵それを言った登場人物はその場面で死ぬんだよ。」
「…はっ、下らねえな」


そう一蹴して神田は立ち上がった。
帰るぞと言ってさっさと行ってしまう。
まあ予想通りの反応だけどね、苦笑しながらあいつの後を追った。




午前12時の鐘が鳴った────



いきなりが好きなやつがいると言ったが全く違う話で、しかも無造作に頭に触れてきやがるから無意味に焦った。
その手を捕りたいという欲求を振り払うように立ち上がって帰るぞと促す。
俺の歩調とリズムの違う足音。
少し後ろを見ればこいつと目が合う。


「何だよ?」
「…いや」


何でもねえよ、と言う前に時計塔の鐘が鳴った。


「もう12時か」


が時計塔を振り返って動きを止めた。
俺も足を止めて前方を睨む。
町のあちこちに居るAKUMA達。午前12時の鐘が引き金か。
は後ろで、面倒臭えシンデレラじゃねーんだからよと文句を言っている。…シンデレラは帰るんだろ。


「さっさと帰る」
「はっ、その前に死ぬかもな」
「だからその程度の前提で死んで」


たまるか、そう言ってこいつは走り出した。


『また時計塔の下でな』
「ああ、おい
『んだよ』
「さっきの話について聞きたいんだが」


先刻?と無線越しの声が珍しく女声に聞こえ、それと共に爆発音。
相変わらず仕事が早い。


「死ぬ前提の台詞のだ」
『…どうした、急に』
「…」
『おーい、神田?』
「…好きなやつがいる、………おい、そこ笑うとこじゃねえだろが」
『いや、神田がその台詞言うとちょっと……ふへっ…うん、その台詞がどうした』
「…そう言ってその任務中に告白しない奴は死ぬんだな?」
『え、あ、うん。…うん?いや、別にそうじゃ』
「お前が好きだ」
『な、い……』


呆然としたままは何も言わなくなる。
…AKUMAを倒す動きも止めてんじゃねえぞ。


「おい」
『…』
「おい、…
『……いーこと教えてやる。告白しても死ぬときは死ぬんだ』
「返事も貰わずにか」
『…大抵は良い返事があるか、保留される。…で、どっちでもした方かされた方が死ぬ』
「どっちでも死ぬんなら返事を寄越せ」
『はぁ!?…いや、あの俺は保留した、』
「うるせえ早く言え」
『や、えと』
「斬るぞ」


好きな奴に言う台詞じゃねえ、とぶつぶつ言うばかりで、肝心の答えを言おうとしない。
…脈無しではないのは反応から判る。
それでも言葉は聞きたい。


「…おい」
『ちょっ…待て、急かすな』
「…もう一度言う、が好きだ」


あぅぐっ、と何かを飲み込んだ音が聞こえた後、しばらくしてから俺も、で、すと小さい声が聞こえた。




「あう〜………神田、趣味悪い」
『その趣味悪いやつが好きなお前も大概だな』
「………」
『おい』
「…何」
『死ぬなよ』
「…言っただろ」


その程度の前提で死ぬかよ。


再び雪降る町に爆発音が響く。


fin.