今すぐお前の顔面を殴り倒したい
生まれてきて十七年、今日この時ほどあの馬鹿野郎を殴り倒してやりたいと思った日は無いだろう。
こんな日が来るとは露ほども思わなかった。
もちろん、その馬鹿野郎こと――神田ユウも、だろう。
「コムイ! 報告書書けたから、三秒以内で読め!」
「おかえり。早かったね」
「もち。まかせろって報告書!」
「ちょっとまって「しつちょーーう!」あ、」
「おや、班長。今日もご苦労様」
「お、! おかえり、ちょうどいいな!」
「ちょうどいい? なにが?」
「報告書はいいよ。の報告書って特にミスもないし」
「あってもわたしのせいじゃないぞ? コムイのせいだからな?」
「わかってるって。それで、リーバー君、できたの?」
「ばっちりっす!」
「だから、何の話?」
「え?」
「そんなの、」
「「の新しい団服の話」」
「……………………はあぁぁぁっ!!?」
AKUMA駆除の任務が終わって、やっと帰ってきた。帰りの汽車の中で報告書を仕上げ、教団へ帰着。
働くと有能だけど働かない室長に仕事を作ってやろうと思ったわたしは、書き上げた報告書をコムイの書類だらけの机に叩きつけてやった。
さっさと読ませて、ベッドにもぐりこんでぬくぬくと睡眠を貪ろうと思っていた。
……そう。いた、のだ。
思っていたのに。
「徹夜で作ったんだぜ。とりあえず、着てみてくれよ」
「なんで?! なぜ? Why?!」
「十代って、すぐサイズ変わるからさ」
「いやいやいや、サイズ測ってないでしょうがっ」
「合わなかったら、すぐ直すから、とにかく、一回。な?」
「今のままで十分だ!」
なかなか執念を見せる班長に、咬みつく。コムイが黙ってこっちを見てにこにこ笑っているのも頂けない。
畜生、アイツ、確信犯だ。わたしが科学班を邪険にできないことを知っていて班長に話を持ちかけたんだ。
班長ォォォ! そんなに嬉しそうに見つめないでくれ!!
「、頼む!」
「う……」
班長に拝まれてしまう。……断れない。
キッ、とコムイを睨む。視線をはずされているが、コムイは冷や汗をかいている。やっぱりアイツか!
「……一回、だけだからな」
渋々頷くと、班長(とコムイ)が目を輝かせて、手に持っていた袋を押し付けてきた。
イノセンスで小部屋を作り、その中でもぞもぞと着替える。
――が。
「……………………」
ばんっ
扉を開けて、イノセンスの発動を停止。
コムイと、班長を思いっきり睨みつける。班長をこんなに恨めしく思ったのは、久しぶりかもしれない。
だが、そんなことも言っていられない。なぜなら――
「これはなんだっ!!」
声を荒げて、つかつかとコムイのデスクに歩み寄る。
コムイは身体を仰け反らせてコーヒーを飲みながら、
「だから、新しい団服だよ。ねえ、リーバー君?」
「、サイズぴったりじゃねえか」
顔を見合わせて嬉しそうに話す二人に、苛々しながら言う。
「そうじゃない! この……なぜスカートか訊いているんだ!」
そう、わたしの団服はいつもハーフパンツだった。ベルトにポケットがいくつもついていて、収納性に優れている。それが、リナリーみたいに太ももが露わになるミニスカートだった。
コートも、今までのように丈の長いものではなく、短くなっていた。
こんなものを着ていたら、気になって任務どころじゃない。
「コムイ、お前の差し金か?」
握りこぶしをつくり、コムイを睨む視線にありったけの殺意をこめる。
コムイが、慌てて首と手を振る。
「ち、違うよ。僕じゃない」
不本意ながら、じろりと班長を睨む。この人も、これでいて訳のわからない研究者魂などというものを持っている。
熱心なのはいいことだが、個人的には受け入れがたいところもある。
「班長?」
「違うって」
「じゃあ…誰だ?」
もはや訊ねるというより、自身の心当たりを探る。
この二人のほかには、ラビやリナリーくらいしか思いつかない。さらにいうと、この二人は今任務に行っているから居ない。よって削除。
「「……………………」」
無言で顔を見合わせた二人に詰め寄る。
「だ、れ、だ、?」
さながら般若面の形相で迫るに、リーバーもコムイもたじろぐ。
は、我ながら鬼神のようだと思った。毎度のことだが。
「えーと……その…」
「あーと……」
コムイと班長がなんともいえない表情でわたしのほうを見るから、怒りは最高潮。
ばんッ、とコムイの汚いデスクを叩き、こめかみに青筋を立ててもう一度だけ言う。
「だ、れ、だ、?」
思いっきり低い声でドスをきかせてやると、コムイも班長も流石に慌てたようで、二人で声を揃えていった。
「「神田(くん)」」
意外や意外。
真っ先にも何も、ありえないと除外した、日本人エクソシストの神田ユウ。仏頂面と、そっけない態度を思い出して、おもわず笑ってしまう。
「あっはっは。……信じられるか」
笑った後は、真顔で斬り捨てる。つられて笑っていたコムイと班長の顔が凍る。
「い、いやでも……」
「ほんとなんだって! そりゃ、信じられねえだろうけどさ」
「じゃあ、神田呼んで」
必死で弁解する二人が哀れに思えてきたので、本人を呼んで事情でも説明してもらうことにした。
「で、どういうこと?」
「ああ?」
班長が走って呼んできた神田に、とりあえずそうきくと、そう返された。うん、まあそうなるだろうとは思った。
とりあえず、かいつまんで説明する。
「って、コムイと班長が言ってたんだけど」
「ああ」
今度は疑問系ではなく、納得したように言われた。……納得?
「…もしかして、本当に神田なのか?」
「そんなことを言ったような気もする」
「自分の発言は覚えておけ!」
「るせぇ。テメーだって覚えてないだろうがよ」
「それとこれとは別問題。なぜ、なにゆえ?! わたしには神田に嫌がらせをした記憶は無いのだが」
「ああ、俺もされた記憶はねぇ」
「…え、じゃあなんで」
思わずマヌケ面に(に見えるだろう)なって、ぽかんと神田を見返す。わたしはソファに腰掛けていて、神田は立ったままだから、身長差も何も、見上げる格好になる。
神田は何かを思い出すように視線を明後日の方角へ向け、やがて思い出したようにしれっと言った。
「見たかったからだよ」
言ってから、わたしを見てくる。ちくしょう、意に反して顔が熱くなっていくのがわかる。
「…?」
そういえば、わたしの名前は・だった。神田意外はファーストネームで呼ぶから、神田に長らく会っていないと自分のファミリーネームを忘れてしまうようだ。
なんだかムカつく。いや、この場合立派な理由があるじゃないか。
神田に辱められた(一方的に思ってるだけだが)ってのと、神田には似合わない台詞を言ったこと。
それだけで罪だ! この美形め!!
「そういうわけで、」
「どういうわけだ?」
「今すぐお前の顔面を殴り倒してもいいか馬鹿野郎」
(わけがわかんねーよ)(黙ってツラかせ)
(断る)(拒否権は無い。大人しく殴られろ)
(理由を言え)(ムカつくからだ)
(どんな理由だ!)(こんな理由だ!)
(他にねーのか!)(強いて言えば…お前が美形だからだ!)
(それこそわけがわかんねーよ!)(お前にわかるか! バ神田!)
(テッメー…つーかお前自分の顔鏡でよく見てみろ!)(いやだ、いやというほど自分のことは知ってる!)
(知ってるか! テメー探索部隊の奴とかにもててんだぞ!)(……うそだ)
(うそじゃねぇよ…でも、その団服は駄目だな)(そうだろうさ。やっとわかったか馬鹿野郎)
(ああ駄目だ。他の野郎なんかに見せてやるかよ)(は?)
(……なんでもねえ)(あ、どこへいく!)
(鍛錬。ついてくんな)(よっし神田がさっきの発言について説明するまでつきまとう)
(ふざけんなよ!)(元はといえば、お前がまいた種だ)
(っ……あーくそっ……なんでコイツはこんなに鈍いかな)(ん? いまなんつった?)
(んもでねーよ)(そうか)