フランス・リールの駅ターミナル。
 人々が多く賑わうこの駅ターミナルで、黒服に身を包んだ男が一本の柱に身を凭れさせ、そこにある風景を眺めていた。

 「久しぶりだね。神田。」

 そんな男に歩み寄りながら、長い黒髪を風に靡かせ、金の虹彩を持つ瞳を持つ長身の女が言う。
 その女、この駅舎内において、人々の注目の眼を集めている。

 「お前、遅いぞ。」

 うんざりした様子で神田、と呼ばれた男が反応を返す。
 その時にはもう、2人は歩きだしている。

 「向こうから此処に来る途中の駅のターミナルで大量のAKUMAどもと御面会してたんだからしょうがないでしょ。」
 「んで、電車何本逃したって?」
 「2本。」
 「じゃあ、早い方か。とにかく行くぞ。」
 「はいはい。」

 会話を切り上げて、2人は待機中のカッセル行きの列車に乗り込んだ。



 長閑な風景を切り裂いて進む列車の中、
 2人は何をするでもなく窓の外を眺めていた。

 「神田をペア組むのってどれくらいぶり?」

 おもむろに切り出された会話。

 「知るかよ。だいたい自体がペアの任務が久しぶりなんじゃないのか?」
 「んー、言われてみればそうかも。」
 「言われなくとも気づけ、莫迦。」
 「莫迦って言うな、莫迦って。」

 ちょっとした漫才のようなやり取りである。
 2人して少し笑った後、真剣な話に移る。

 「今回の任務の詳細を聞いてるか?」
 「カッセルでAKUMA退治だけって聞いたけど・・・。」
 「イノセンスの話は?」
 「聞いてないよ。」
 「あるかもしれない、だとさ。」
 「相変わらず不確定ばっかだなあ。」

 呆れた、といったような風情でため息混じりの言葉を漏らす

 「んなもんだろ。」
 「確かにそうだけどね。」

 今更か、と2人して諦めたのだった。



 いまだに続く列車の旅。
 食事を求めに行ったのいない部屋で神田は物想いに耽る。

 「(あいつ、見ないうちに綺麗になり過ぎなんだよ。
   まぁ、3年も会わなきゃ変わるもんだけど、それにしたって。)」

 足を組み、窓枠に肘を乗せながらも外を見ていない神田の頬は薄紅に染まっている。

 「(ってか、あいつ自覚ねぇのか。
   いや、あってもあいつの態度は変わらないな、きっと。
   でも、あいつが単独任務ばっかのエクソシストでよかった。)」

 顔色が青くなったり朱くなったりと忙しい神田である。
 そうやって繰り返していたら、が返ってきた。

 「神田。ご飯買ってきたよー。」
 「悪いな、サンキュ。 (そういえば、1人で行かせるんじゃなかった・・!)」

 神田は心の内で、物凄く後悔をし始める。
 その横で食事の説明をする

 「こってりしたもの嫌いかと思って、サラダとかパン、後シチューを頼んできたんだけどよかった?」
 「ああ、構わねェ。」
 「それなら良かった。」

 ニッコリ、微笑む

 「(なんでこいつはこうなんだ・・・。)」

 と彼女の笑みを見ながらがっくりする神田。
 それと同時に食事が届き、彼は思わず乗務員を睨んでしまったのだった。



 着いたカッセル。
 この街は、煉瓦造りの建物と整備された道が広がり、
 喫茶店やら花屋、洋装店、靴屋、いろんな店が通りを囲っている。
 探索部隊にはコムイから直々に帰還命令が出ていたらしく、
 と神田に手配した宿の位置、今回の任務の情報を伝えると、帰還の途に就いた。

 「綺麗な街並み。」

 駅から出て、大通りを歩いているとがポツリ、そういった。
 やっぱり彼女は人々の視線を集めている。
 それに気づいた神田は、彼女を建物の傍に寄せる。

 「気、抜くなよ。」
 「神田がいるから大丈夫。」
 「んなこと言ってっと、見棄てるぞ。」
 「えー、それは酷いなぁ。 でも、良い街並みだと思わない?」
 「けっ!」

 興味ない、とばかりに舌打ちをする神田。
 内心では大いに反応したいギャップに悩まされている。

 「もしさ、あたしが生きてる間にこんな戦争が終わったら、こんな街に住んでみたいよ。」
 「てめーがそんなことを言うなんて珍しいな。」
 「まぁ、今回ペアが神田だからかな。
  リナリーとは、教団面子の話ばっかりしてるし、
  ラビは、マシンガントークを披露してくれるから、必然的に聞いてるだけになっちゃうし。
  ディシャやマリとは自分の近況とかの話で手いっぱいだしね。」
 「モヤシは?」
 「誰? その『モヤシ』って子。新人?」
 「2ヶ月に入ってきた新人だ。 甘いことこの上ない。」
 「相変わらず手厳しいなー。
  そうじゃなきゃ、神田じゃないけどね。」

 神田のしかめ面な台詞を受けて、はクスクス笑いながら言う。
 彼女は彼の葛藤に全く気付かずに話を続ける。
 それでも、彼は、今はまだ彼女が気持ちに気づかないままでいいと思っている。
 たとえ、自分が自分の気持ちに苛むとしても。

 「うん。でも、神田じゃなきゃこんなこと言えないね。」
 「変な奴だ。」
 「失礼な人ねー。えーと、あ、やっぱりここが宿みたい。」

 一つの煉瓦作りの建物の前。 2人は立ち止まった。

 「とっとと行くぞ。」

 その言葉をきっかけに建物の中へと入っていく2人だった。

 カッセルに到着して一日が過ぎた夜。
 神田との2人は、カッセルの街外れに立つ教会にいた。
 神田は六幻を手にして壁に凭れかかり、は鈴のついた大鎌『蝶宵』を持ってその壁に座っていた。

 「今日は来るかな。」
 「グダグダ言ってると死ぬぜ。」
 「確かにね。だけど、待ち続けるのも嫌だな。」
 「此処に俺達やイノセンスがあるんだ。来るだろ。」
 「そうみたいね。ご登場だよ。」

 『『イノセンス発動』』

 2人は二手に分かれて、駈け出した。



 AKUMAを斬り倒しながら、神田はの方を見た。
 彼女は黒髪を風に遊ばせながら、神田同様、AKUMAを倒している。
 その姿は雅やか。軽やかに動いて、AKUMAを消している。
 彼女の動作に従って鳴り響く鈴の音は、この戦場には似合わないほど涼やかだ。

 「(閉じ込めてェな。)」

 なんて、柄にもないことを考える神田。
 手は動いているというのだから、そこは職業病か何かか。

 「(あいつの言葉、姿、一挙一動全てに惑わされる。  好きなのは分かってる。)」
 「神田、そっち、終わった?」

 神田が考えに耽って、気付かないうちに、は自分の周りにいたAKUMAを全部消してしまったようだ。

 「そこで待ってろ。」
 「ん。大人しく傍観者になっておくよ。

  なんて、嘘。『マヤカシの現実をこの瞳に映して』」

 いつの間にか、彼女は神田の前に立っていた。

 りんりんりりんっ

 鈴が音を立てる。
 それと同時にAKUMA達が壊れていく。

 「オヤスミ。次は善い夢を。」

 爆風に彼女の髪が煽られている。

 「!! なんで、こんなことしたっ!!」
 「言ったでしょう? 神田だから。」
 「てめー、舐めてんのか?」
 「ううん。神田には長く生きて欲しいからだよ。
  久しぶりにペアだったし、楽しいし、できれば傍にいたいし。」

 けろり、とそんなことを述べる彼女の顔、瞳は真剣だ。
 その代わり、でもなんでもないが、神田は何も言わない。

 「ねぇ、神田。あたし達、エクソシストなんだよね。
  だからさ、誰かを想ったりするのが酷く滑稽に思ったの。
  愛したりするのが、人形劇見たく感じられたのよ。バカバカしいでしょ?
  でもさ、やっぱり気持ちは変えられないから。
  傍にいたい。

  3年ぶりに逢って、強くそう思っちゃった。
  切り捨ててくれても全然構わないよ。戯言だったと思って忘れて。」

 そう言ってひらひらと手を振る
 人一倍誰かを思いやる癖して、妙に自分勝手な所がある。
 闇の中、歩く彼女はこのまま宿の自室に戻るつもりだろう。

 「おい、!」

 神田は叫んだ。
 くるん、とは振り返る。

 「なに?」
 「好きなだけ、傍にいろ。」

 目を極限にまで見開いて驚く
 そんな彼女を見ながら、神田は言葉をつけたした。

 「嘘じゃねェぞ。」

 それを聞いた彼女はてててて、と寄ってきて、神田の隣に収まる。

 君という存在。
 御題:ジャック・ザ・リッパーの憂鬱

 オマケ。

 後日の教団談話室にて。

 「神田、と付き合い始めたって本当!?」
 「あいつから聞いたのか?」
 「ええ。そうじゃなきゃ今ここで私が聞くはずもないんだけど。」
 「そりゃそうだ。」
 「ユウー、俺のを返せ―。」
 「返すか、ボケ。」
 「ああ、久しぶりですね、神田。
  ところで、さんが探索部隊の方から、仲良くしようと誘われていたようですが?」
 「モヤシ、今日だけは感謝してやる。」

 神田の憂鬱も消えることを知らないらしい。
 彼の表情は夜叉のようだったという。

 「「「神田が少しかわいそう。」」」

 談話室にいた3人は声を合わせた後、大きく溜息をついたという。


 おしまい。