![]() 人間はどうして言葉を持ったのか いつだったかコムイに尋ねて酷く困らせた記憶がある。あの時は彼はたしかこう答えたんだ。愛を囁き合うためだよ、と。
「、お前またここに居たんさ」 そうやって、昨日も私を探してくれたのはラビだった。人恋しくて誰かに会いたくて、そう思うと此処に来ていた。誰かに会いたいんじゃなくて神田に会いたいんだってわかってても、拒絶されるのが怖くて彼の部屋になんて向かえなかった。ラビはいつも私が欲しい言葉をくれる。自分がどう思ってるか言葉で伝えてくれる。それがなにより安心した。私は言葉しか信じれない。なのに何故、彼と恋人だなんて思ったのだろう。 ああそうだ。たった一度だけ、彼が言葉にしてくれたからそう思ったんだ。不器用なりにたった一言好きだと言葉にしてくれた。でももうそれは過去のことなのかもしれない。 言ってくれなきゃわからない。 言葉が無い世界
リナリーは一番情報通なラビの元へと真相を探りにいった。自身に聞くのはなんだか忍びなくて。彼女はいつも悩んでいた。だから別れたのなら、彼女が切られた側に違いない、そう思ったからだ。 「んー、オレ的見解だと、はそのつもりさね」 諸々の腐れ縁から一番と親しいのはラビだった。リナリーはそれが気にくわなかったけれどが居心地良さそうにしているのを知っているからラビとが二人で居るとき野暮に間に入ったりはしない。ラビ自身もを親友だと思ってるし、誰より大切にしている自信があった。もちろん、親友として。なんでもわかってるつもりだったけれど、違ったとわかったのは帰ってきてからだ。談話室で語り合った後に行った任務から帰ったら、はまるで別人だった。
話せなくなった、とかではない。話すことを、言葉を諦めた。そう表現した方が正しいだろう。とにかくは言葉すら信じなくなった。そして神田に対しての執着も無くなっていた。 「さっき会ったんだけど、今までのとは凄く違って……神田何かやったの?」
初めは詭弁だと思っていた。けれど揺るぎ無い態度でその言葉を証明していった彼女に惹かれるのは時間の問題だった。言葉と言うものが綺麗なものだと知ったのはに出会ってからだった。
室長室に向かう途中、任務を貰ったであろうとすれ違った。いつもなら声を掛けてくる。嫌というよりむしろ心地よいものなのだが、いつも声に出した返事を示すことはなかった。けれど今日は声をかけられることはなかった。目すら合わなかった。今までこんなことはなかったのに、何故。 の変化は顕著だった。いつも彼女の笑い声が溢れていた食堂からは何も聞こえず、話し声が聞こえた談話室は無音になった。これまで彼女の存在を尋ねずとも教えてくれた音達がもう聞こえない。彼女の声を、言葉を無意識のうちに探してその存在に安心していたはずなのに。苛苛が募るばかりだ。 「チッ」 いつもより、自分の舌打ちがよく響いて余計に苛苛した。
ふざけるな、と叫ぶ前にラビがふざけてんのさそっちさ、と怒鳴った。ラビが怒鳴るのを神田は初めて見た。ああ畜生。なんでコイツがそんなこと言うんだ。俺よりもアイツを知ってるなんて誰が認めるか。アイツは、俺の、
「恋人なんかじゃないわよ」 神田が居る言葉の無い世界に立って、ようやくは納得した。存在しない言葉に何を乗せても無駄だったのだ。愛してるの5文字も彼の前では音でしかない。自分が必死に繋いできた言葉に意味がなかったとわかった瞬間、すべての言葉を失った。 「勝手に終わらせてんじゃねぇよ」 低い、音がした。それを神田の物と認識するのには時間がかかった。そうわかった時リナリーは既に席を外していて、二人きりになっていた。気まずさすら覚えない。もう終わったのだと心が言葉を拒絶したから。 虚ろげな瞳に自分が写ってないことがわかったとき、はじめてラビが言っていたことを理解した。けれど、認めたくない。彼女の世界から俺の存在とともに、言葉まで失われたなんて。俺が好きになったその声とその言葉を、もう一度お前に戻すにはどうしたらいい。 「なんか言えよ」 俺の世界に、言葉が無いだと? 「俺は、言葉が欲しい」 からっぽになった俺の心を埋めてくれたお前の言葉が欲しい。そのためなら不器用でもなんでも、言葉にして伝えよう。お前が好きだ、と。もしお前の世界に言葉が無くなってしまったのならお前みたいに上手くいかなくても紡ぎたい。暖かい優しい言葉を。そして、その言葉に乗せた思いを。 もう遅いかもしれない。けれど、ここから始めさせてくれ。 「が、好きだ」
「悪かった」 きゅう、と抱き締めたその体は小さくて、ってこんなに小さかったかと少しばかり驚いた。放っておいたら消えてしまいそうな彼女にどうして今まで気付かなかったのか。そして今、消えそうな彼女にこんなにも怯えている自分にどうして気付かなかったのか。あの人のように、もう一度失うなんて、考えられない。 「俺は、言葉にするのが苦手だ」 無味乾燥とした世界に色付けたの言葉無しに、もう俺は生きていけない。 涙が一滴、頬を流れる前に神田の服に吸われてしまった。初めから彼は、同じ世界に生きていたのだ。それに気付かなかった自分を呪った。言いたい。今すぐ言いたい。言葉のある世界で私はこんなにも神田を好きだと叫びたかったのだ。けれど、想いが喉を通らない。好きだと発話したいのに、嗚咽と涙ばかり溢れてくる。ねぇ神様、私に言葉を返して。言葉はそう、こう使うために貴方は私達にくれたんでしょう? 「かん、だ」 耳元でそっと、愛してると囁いた。
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