地図の上

 

 

 


「なるほどね・・・・」

 

報告書から顔を上げると、コムイさんはふう、とため息を吐いた。

私の隣では、ユウが額に青筋を立てて正座している。

私は、もはや感覚のなくなった脚を、どうやってこっそり崩そうかだけを考えていた。

コムイさん、いくら私達が日本人とはいえ、4時間以上これでは、いい加減脚が限界です。

さすがに口には出せないから視線で訴えたら、コムイさんがとても優しい笑顔を浮かべた。

 

「よし、ちゃん」

「はい!」

「君、次の任務までに神田クンに地図の読み方習ってらっしゃい」

「は「なんで俺が!」

 

私の返事をかき消すようにして、ユウが叫んだ。

激昂するユウと対象的に、コムイさんは穏やかな表情を崩さずに返事する。

 

「だって、神田君が今回ちゃんのバディだったんだもの」

「だからって、こいつの迷子癖は最早神技だろ」

「それ知ってるんだから、ちゃんとちゃん捕まえてなきゃ」

「んだよそれ!」

「だって、それさえすればこんなにタイムロスしなくて済んだんだよ」

「っ」

「第一、神田クンはちゃんの彼氏でしょ」

「おまっ、それは関係な「彼女の失態は彼氏の責任。これジョーシキね」

 

コムイさんの最後の一言で、ユウは完全に動かなくなった。

大丈夫かな?

そう思ってその肩に手をかけると、ゆらり、とユウが立ちあがった。

立ち上がったユウと目があった瞬間、背筋を冷たいものが伝う。

ユウが、それはそれは怖い顔をしていたから。

 

 

 

 

「違うだろうがド阿呆」

「だって、さっきユウ上が北だって」

「それは地図の話!太陽が北から昇るわけねえだろが!」

「えっと、西から昇ったお日さ「それ逆」〜へ?」

「逆だからバカボソの歌なんだろがド阿呆」

 

もう怒る気力も失ったのか、ぼそり、とそう言うとユウは頭を抱えて座り込んだ。

申し訳ない気持ちになるのと一緒に、あまりに続く「ド阿呆」攻撃に、少しばかり泣きたくなった。

ユウが持っていた地図をぐしゃり、と握りつぶす。

私に苛立ちを向けないようにするユウなりの優しさに、場違いだけれど心がほの暖かくなる。

でも、物にあたるのはちょっといただけない、かもしれない。

 

、お前の脳内には帰巣本能ってないのか?」

「それはあるから、教団内で迷わないんだと思うのよね」

「お前のは、案内してくれる人間の場所へ辿り着けてるってだけだろ」

「それでも、結局迷ってないんだからいいんだよ」

「よくねえだろ」

 

ユウがまたため息をつく。

 

「お前の脳内どうなってんのか、いっぺん見てみてえよ」

「簡単だよ、ユウのこと半分、他の皆のことが3割、ご飯が2割、残り1割はなんかいろいろ」

 

そう答えると、ユウは眉間にしわをよせて、そっぽを向く。

一見怒ってるみたいだけど、実はただの照れ隠しなんだよね。

なんだかほのぼのしてしまって、口元が緩む。

そっぽを向いたまま、ユウがむすっとした声を出した。

 

「俺は、お前の脳内で地図がどう変換されるのか、って聞いたんだ」

「見てるのそのままだよ?」

「じゃあお前には方角を確認する方法から叩きこむ」

「分かってるよ、右手が東で前が北でしょ?」

「お前が常に北を向いて歩いてるとは思えねんだが」

 

なるほど、そういうことか。

答えるかわりにぽん、と手を叩いてみせると、ユウはまたしても深い溜め息をついた。

だんだん自分が情けなくなってきた。

確かに、コムイさんが危機感持つくらいだから、私の方向感覚は壊滅的なんだと思う。

これにユウをつきあわせ続けるのは、さすがにユウに悪いかもしれない。

 

「もういいよ、ユウ」

「あ?」

「他の人に教えてもらう」

「は?!」

「ほら、ユウも鍛錬したいだろうし。ラビとかリーバーさんとか、教えるの上手いと思うし」

「・・・・」

「だからさ、大丈夫!今までありがとうね、ユウ」

 

目の前に広げっぱなしだった地図をたたもうと手を伸ばしたら、手を掴まれた。

顔を上げると、ユウが無表情でこっちを見据えてくる。

本気で怒ってる時の表情。

思わず身体を引きかけたら、腕をぐい、と引っ張られて。

たたらを踏んだ私に、ユウは無表情のまま、唸るように言ってきた。

 

「俺が教えるっつったんだ。他の奴んとこ行くな」

「でも、ユウの時間が」

「俺の時間の使い方は、半分、鍛錬3割、飯2割、残り1割が・・・・なんかいろいろだ」

 

早口でそう言うと、ユウは眉間にしわをよせてそっぽを向いた。

気のせいか、私の腕を掴むユウの手が熱い。

私は、緩む頬もそのままに返事した。

 

「分かった。じゃあ、よろしくお願いします」

 

頭を下げると、ユウは眉間にしわをよせたまま、私を自分の方へと引き寄せた。

されるがままになりながら、そっと考える。

どこにいても、どう迷っても、最後にはユウの所へ辿り着く。

自力で着けることもあるし、誰かに連れていかれることもある。

そうやって、最後にはユウのところへ戻ってこれる。

さっき聞かれた時には、はぐらかしてしまったけれど。

 

 

 

 

私の脳内の地図は、いつも中心にユウがいる。

 

 

 

 

神田ユウonly夢小説参加サイト、貴方に逢いたくて様に提出。



2010/03/17